カガクシャ絵日記

大学の研究室で働くってこんな感じ?

日本人と英語12:日本に住む日本人の大人は日本語を勉強するか?

さて、日本人で日本の大学を出て仕事に就いてる人は日本語の語彙数が増えるだろうか? 言葉遣い、言い回し、時代に反映する新しい言葉。こういうものは増えると思う。それは日本語の社会で仕事をして人と付き合ったり、新しい趣味を始めたり。また会社で手紙の書き方、親戚付き合い、季節の挨拶などおとなになればそれなりに責任があるしそれなりの日本語を使わなければならい。外人が片言で使う日本語のようでは社会の一員として受け入れられない。

英語もそうで、アメリカ人となってアメリカの社会の一部となって暮らすにはそれなりの英語力がいる。それがアメリカの高等教育を受けた普通にアメリカで生まれ育った人たちのレベルじゃないと一人の男(女でも)として成り立たない。

でもそれは最初に書いたように日本でだんだん大人になって日本語がしっかりしてくるように社会で生きていくうちに出くわす色々な「試練」のうちに身についていくし、それが自然なことだと思う。

もともと僕の英語の勉強としては例の300ぐらいの構文を高校の頃無理やり覚えた時点で終わっていたけど、帰米してからは意識してアメリカの社会のことについて敏感になるようにした。

アメリカはいろんな人が住んでるからこれがアメリカだっていうものは難しいけどないわけじゃない。やっぱりここに生まれてここで育った人たちが国民の主流だからそれなりの共通項はある。何においても分布図を書けば日本のそれと比べてベルカーブの裾野が広いかもしれない。だからと言ってカーブの端っこんいたんじゃちょっとやりにくい。一通りいろいろ知らないといけないと思った。そのためにはTVが一番良いと思う。今はインターネットがあるからそれでもいいけどTVはついてるだけでドンドン情報が入るから楽。

くだらないことほどいい時もある。

例えば、TVといえばコメディーをよく観た。アメリカのコメディーはおかしなところで後ろに笑い声が入る。最初の頃はどこがおかしいのかわからないけど悔しいからTVが笑ってるとこで一緒になって笑ってた。大体コメディーのおかしいのは、普通ならこう反応するだろうというのに意表をついた違うことをしたりするからおかしい。だからアメリカ人がどういう風に「普通に」反応するかがわかってないとどうしておかしいのかわからない。そこが違う文化圏から来た人の辛いところ。まあできたら笑える程度じゃなくて自分でおかしなことを言って周りの人たちを笑わせられるぐらいに成れば外国語の訛りがあったりしても普通に仲間に入れてくれる場合が多い。

 

最近は自分の英語の欠点も気がついてるけど面倒臭いからあるものでごまかしてる。そんなに悪いことじゃないとも思う。日本にいる人だって、いつもあの漢字が書けないとかどうも手紙の挨拶が苦手とかあると思う。だからってダメってなことじゃないしいつかはよくなるだろうと思ってほっといているんじゃないかしら。日本語も英語もそれでいいと思う。

 

一応これで自分と英語の関係の歴史を終わります。でも一つ勘違いしないで欲しいのは僕は自分で感じるほど毎年英語ができるようになってると思う。それは英語の単語数とか言い回しとかの数じゃなくって、生活の中で英語を使ってコミュニケーションをする全体的な力、例えば人との話し方や話せるトピックスなども含めて、が向上してると思うしその努力はしてる。それは仕事でも仕事以外でも社会で生きていくための自分の生活の基礎になるからです。

 

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