カガクシャ絵日記

大学の研究室で働くってこんな感じ?

日本人と英語2:僕と英語(中学卒業まで)

前にも書いたように、これから何回か自分の経験を書く。

 

僕が生まれたころはTVは白黒でしばらくしてカラーテレビなるものが世に出始めた。僕たちは大人から「テレビっ子」と呼ばれてた。TVをみることが人をダメにすると考えられていた。そんな時代だった。

僕は幼少から体と頭が貧弱でなんだかフニャフニャしたなんのとりえもない子供だった。どっかおかしい子供だった。今で言うADDとディスレキシアと心身症があったと思う。今でもADDとディスレキシアは仕事に影響がある。あとで、書くと思うけど、この2つは英語の勉強の仕方にある意味影響を与えてると思う。

僕のまわりには別に英語が話せる人がいたりとか、インテリっぽい仕事をしてる人がいるとかとはまるっきり縁のない環境だった。

 

小学校4年頃だったと思う、ローマ字を習った。母音と子音を英語のアルファベットで組み合わせて日本語の発音にあわせるまるで暗号みたいなものに結構興奮したのを覚えている。

ローマ字については2つのことをオモシロイと思った。1つは、知らない人には読めない、でも自分には読める書けるという事。これは貧弱だった子供にとってはある意味「秘密のパワー」だったのかもしれない。

もうひとつは、組み合わせの意味がわかった。子音と母音それとあいうえおの50音表にどんな意味があるのかがわかった。

ここで一つ特筆するべきことはこの時点で英語のアルファベット26を知っていたわけじゃなくってただローマ字だけがわかっていた。

 

僕の時代は何故か中学に上がると親戚とかが万年筆をくれた。万年筆は何をするのかと父親に聞いたら、これで英語を書くんだといわれたのを今でも覚えている。

僕は初めて中学の英語の時間にアルファベットが26あるといことを習った。今までいろんな勉強ができなかった自分でも英語は新しくスタートラインがある。みんなと一緒だと思って内心期待していた。

ところが、最初の英語の時間に先生が黒板に英語の単語を僕の知らないアルファベットを使って書いた。そこで先生がクラスに向かってこれはなんと読みますかというと、クラスメイトの半分ぐらいがそれを読んだ。これはショックだった。あとで友達に聞くと塾で習ったらしい。僕は塾には行ってなかった。

それから毎日家に帰ってノートに例の万年筆でアルファベットを2時間ぐらい書いて練習したのを覚えてる。どうしてそんなことをやってたかと言うと万年筆のインクがだんだん減るのが楽しかったのと勉強とは何をするべきかということを全く知らなかったから。

ただただ単純作業を続けて万年筆のインクが減っていくのを楽しみに1ヶ月ぐらいやってた。そのうち名案が出て万年筆を消しゴムに突き刺してみたりコップの水に突っ込んだり本当に頭ん中がそんな程度だった。

そんなことをやっていても、一学期の中間試験がやってきた。

中学校の英語の教科書はニューホライズンだった。そこの本文をノートの左側のページに一文ずつ全部書いて、右側の方にその役の日本語を書くという非常に画期的な勉強方法を思いついた。片方のページを隠して日本語訳をチェック。できたらもう一方を隠して日本語を見てから英語を書くという勉強法をしてだいたい全文いわゆる丸暗記した。もちろん発音とかは全然知らなかったから昔鍛えたローマ字でよんだ。

この勉強法は実は結構効果があって中学の間は全部このやり方で英語を勉強した。ところが中3ぐらいになるとニューホライズンの字も小さくなって本文もたくさんになった。なんとか続けたけどこの方法も限界が来てた。参考書とかで勉強したことはなかった。

別に英語ができるということはなかったけど中2までの丸暗記でなんとか高校受験は凌いだ。いわゆる偏差値が50ぐらいの都立高校の普通科に入学した。

高校に入ってからは学力はどんどん下がった。

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