カガクシャ絵日記

大学の研究室で働くってこんな感じ?

日本人と英語6:勉強しないでも英語ができるようになる方法に異様に執着してた時期

高校を卒業した後もあんまりにも勉強ができないので浪人みたいななんだかわけのわからないことをして3年ぐらいしてから短期大学に入った。

でもその間に異様に英語に時間を使っていた。どうしてかというと英語ができるようになりたかったけど勉強はしたくなかった。勉強をしないためにはありとあらゆる努力する性格なので英語もそのアプローチだった。

これは僕は自信を持って威張れることなんだけど英語の勉強は例の300の構文だけでそれ以来したことがない。でもなんとなく普通よりできるようになったのはいわゆる勉強をしなかったからだと思う。

英語は勉強をしない方が身につく。なんとなくそう思ってた。だってアメリカの赤ちゃんは参考書も教科書もないで英語を話すじゃないかって。それから見るもの聞くもの全部英語にしてわかんないことは別にそのまんまにしておこうという態度をとった。

まず本をたくさん英語で読むことにした。"Love Story"という70年代の映画の元の小説を見つけた。これは100ページぐらいで内容はTVで何回か映画を見てたから知ってた。ぺらぺらページをめくっても字が離れてるしページもぼそぼその独特のボロい紙でめくり甲斐があった。この本を辞書を使ってわからない単語だけ引いて読んだ。1ヶ月か3ヶ月ぐらいかかったか、わからないところは映画の記憶で取り付くってなんだか読み終わった。辞書も途中から中学用の辞書にしてそこに載ってない単語はわからなくってもいいという非常に低い基準で攻めた。

読み終わって結構わかったんで自分でもびっくりした。これがいいと思った。2、3冊こんな感じで読んすぐ辞書がなくても読めるようになった。それはどうしてかというと単語の和訳がわかるんじゃなくって勘が効くようになる。このころから「英語は勘」というわけのわからないやり方を追求し始めた。

僕が18の頃に池袋の西武デパートにニューヨーク展なるものがあった。そこで古本のペーパーバックスがたくさんディスプレイに使われてた。それが終わってからその古本のペーパーバックスが一冊100円で売られてた。ここぞばっかりに訳も分からず五十冊ぐらい買い込んだ。これを全部読んだというよりページをめくった。わかった本もあったし読み終わってなんだか全然わからないものも半分ぐらいあったと思う。でも英語の勘はかなり冴えた。20才の頃はジョンアービングというアメリカの作家にはまってたこともあった。2、3年間で百冊以上は「読んだ」と思う。

聞くのもFEN Tokyoをいつも聞いてた。夜は寝るときにラジオを付けっ放しで寝てた。

あの頃にTVの2ヶ国語放送というのが始まった。アメリカのドラマとかが英語で観れる。もちろん家にTVは1台だから英語で観たいと言っても「あんたそんなの見てもわからないんだから日本語にしなさい。」とか言われて、「いいじゃねーかよ。」なんてなってた。

二ヶ国語の前はセサミストリートを見た。NHKで毎週日曜に朝一回と同じのをまた夜一回放映してた。それを録音して(録画じゃないよ)朝夕二回見てその録音を一週間聞いて前の日曜に見たシーンを思い出したり。iPhoneでユーチューブがどこでも観れる時代の人たちには信じられないだろうけどね。

まあそんなことをやってた。タイムやニューズウィークも購読して何年も一つも読まないで押し入れの中に山のようになってた。でもしだいに読むようになったけど。レバノン戦争やエイズが初めて話題になった時のタイムを読んだのを覚えてる。

書くことは一番難しいけど日記を英語で書いた。今でも当時書いたものがあるけど読んでも意味がわかる。

何としても一つ決めてたのはわかんなきゃそれでいい、辞書なんか人前で絶対引かない、勉強と思うことは絶対しないっていう気持ちで英語に向かってた。というか性格的にそうしないとやっていけないというのは自分が一番知ってたから。

 

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